あるひのおこん

紺暖(こんはる)の日常とお知らせ

2019-2020

2019年も残すところあと2日だそうですね。


記憶の中のどこからが2019年だかよくわからないくらい、今年は忙しない年だったなあ、と思います。


思い返せば1月はまだ学生でしたか。卒業制作の審査が終わって展示の準備をお正月にしていた記憶があります。


今年の最大の収穫としてはやはり、新しい先生に出会えたことかなと。

先生と出会えた事で、やらなければならない事がはっきりしたというか、やるように追い込まれたというか。笑。失われていた自信を取り戻しつつあるのも、先生のおかげですね。

先生のそばにいると、人生1度きりなのだからやりたいことをやる、やるならやりきる、みたいな事がすごく体現されていて、なんていうか、そう、この感情が、きっと憧れということなのでしょう。


来年の抱負としては、そうだなあ、一生懸命やることを恥ずかしがらない、とか。

大して努力しなくてもできる〜がカッコいいと思ってたんです。ちょっと前まで。

でもねえ、そうしたら、「一生懸命」がなんなんだか、最近はよくわからなくて!笑

だから、2020年は一生懸命!アツく!血反吐吐きながら!がんばろうと!!思います!!!

人事をつくせて無いところに天明が来ても困りますしね、、、いつ天明が来てもいいように日々己を省みながら息しようと思います。


どのくらいの方がこのブログを見ているのかわかりませんが、2019年、大変お世話になりました。2020年も逞しく成長する(はずの)私をどうか暖かく見守りいただけたら!嬉しいです!


ps 1/11 江古田でお待ちしています。vv

 

年末年始の出演のお知らせ

12月と1月に2本、朗読劇に出演します!
就活やらなにやらでバタバタしていたのがだいぶ落ち着いて、ようやくみなさまの前に立てることになりました。みなさまどうぞ応援のほどよろしくお願いします・・!

和アカデミーコンサート~朗読と歌と共に~

10月から通っているボイトレの発表会です。

日時
2019年12月8日(日)/ 13:30開場 / 14:00開演
入場料
無料(ドリンク・お菓子付)
会場
Salon Honjo 埼玉県川口市西川口2-1-7(西川口駅より徒歩5分)
Googleマップ
出演
英果 / 大場りえ / 紺暖 / 西村茉優 / 星野祐友香 / 西條里菜 / 藤田京子
ピアノ
佐藤陽太 / 今野恵子
指導
藤田京子

お問い合わせはこちら

人生初の一人芝居を15分させていただけます・・)やばい(
席数限られていますのでご予約必須です!私にDMいただくかメールをお願いいたします。

人でなしの恋

以前からの役者仲間と一緒に朗読劇をやることになりました!

日時
2020年1月11日(土)
開場
1)14:30 / 2)18:30
開演
1)15:00 / 2)19:00
入場料
1500円(1ドリンク500円含む)
会場
Cafe FLYING TEAPOT 東京都練馬区栄町27-7榎本ビルB1(江古田駅徒歩5分)
Googleマップ
出演
大場りえ / きよの / 紺暖
お問合せ
bancha.debana@gmail.com

江戸川乱歩の人でなしの恋を、もともとは1人の女性のセリフだったものを3人で演じます!
こちらも席数限りがありますのでお早めのご予約お願いします〜!

ご予約はこちらから

どちらも絶賛稽古中です・・!

なんだかいままで役者目指してるって言うのが、どこか負い目のように感じていたのですが、最近ようやく自信を取り戻しつつあります。
京子先生はとっても厳しいので笑
辛くなることもありますが!

でも、うん、そういう風に厳しくしてくれる人に出会ったということは、そうするべき時が来たのだと受け止めることにしました。

やりたいことと、いまからできることを混同してしまっていた部分があったなあ、ということにも気付けましたし。

ちょっと恥ずかしいですが、私はやっぱり人前にたって、みなさまのいろんな表情を引き出すのが好きなのだろうと思います。
できてるかどうかはともかくとして!

退屈なんて絶対にさせないので、ぜひ見に来てください!何卒!

ご予約お待ちしております。

答辞

3月23日、土曜日。

天気は思い通りにならないもので、冷たい雨が降り注ぐ中、

私は無事、多摩美術大学を卒業することができました。

 

そこで、私の、この4年間を少しだけ振り返らせてください。

 

1年生の頃は、劣等感で心がいっぱいでした。高校までは吹奏楽部で毎日音楽漬けで、でも音楽で食べていくのは無理だって諦めて、でも今更勉強する気にもなれなくて。

両親には頑張って公立に行って欲しいって言われて、記念受験みたいな形で芸大も受けたけど、結局受かってたのは情デとデ情で。情デに通うことに、劣等感があったし、情デの中でも、才能がないほうなんだろうなって、どこかで諦めていました。

 

でも、だからこそ諦めきれない気持ちもあって、ずっと、「どうしたらもっと認めてもらえる作品が作れるようになるんだろう」と考えたり、調べたりしました。

自分で言うのもなんですが、私は器用でしたから、見よう見まねでなんとなくそれらしいものを作ることはすぐにできるようになりました。

2〜3年生のはじめ頃は、その繰り返しで、「どうやったら教授や講師の先生に褒めてもらえるか」、そればかりを気にした作品が多かったように思います。

 

話が飛びますが、実は2年生の頃に(世間から見れば少額ではありますが)借金を抱えてしまい、時間の融通の利くバイトを掛け持ちで始めようと思いました。そこで始めたのが、Eラーニングの制作助手のバイトでした。その頃から知り合いのツテでポスターの制作をさせてもらったり、徐々に「仕事」としてデザインだったり、制作をやらせてもらえる機会が増えていきました。

そうすると、世間から必要とされているデザイナーの仕事は、俗に言う「デザイン」の仕事の方が少ないくらいで、地味な「作業」を淡々とこなすだけのものが多いことに気づかされました。また、作業をこなしている時間より、好きなことが他にあることにも気づきました。

そんな時、ふと、私はなんのために大学に通っているのだろうと思いました。

その度によくわからなくなり、頭を抱え、両親に対する罪悪感だったり、未来に対する不安で、布団にうずくまっていた時もありました。

  

4年生の春、私はとあるおっさんと出会いました。そのおっさんは芸術に生きる人間なのですが、そのおっさんと、共同制作のようなかたちでプロモーションを考えました。

そのおっさんと、派手な喧嘩になったのは、たかがタイトルのフォントだったのですが…

「クライアントの言ったことを、きちんと受け止めて、巧く修正するのが、お前の仕事だ。職人っていうのはそういうものだ」って言われて、はっとしました。

インターネットが当たり前となった今、「作業」をできる人間は山ほどいます。「表現」の仕方も山ほどあるのでしょう。そのなかから、よりクライアントの求めるものに一番近い「最適解」を提案するのが、デザイナーの仕事なのだと思いました。

それが一番学べるのは、もしかしたら情デなのかもしれないと、今はそう思います。

 

4年前、私は「デザイナー」になりたくて、多摩美に入学しました。

たくさんの不安と不満を抱えながら、それでも現実を受け止めて必死に笑おうと頑張っていたあの頃。頑張ったことが、結局報われなかったんじゃないかって、すごく思いつめていたあの頃。親に心配や迷惑をたくさんかけて、でも結局形で返せるものが何もないと気づいたあの時。

そのひとつひとつが、今では、必要なものだったのだと思うことができます。

なにひとつ、無駄なことはありませんでした。

あぁ、楽しかったな。

幸せでした。

 

私は、

多摩美術大学

美術学部

情報デザイン学科を

卒業しました。

 

 

おわりに、この4年間で出会った全ての方の幸運をお祈りして、答辞とさせていただきます。

 

今週のお題「卒業」】

 

マイホームヒストリー 観劇

 

Stand Up Girls! でお世話になったいけさんが、この公演を機に活動を休止してしまうとのことだったので、正直なところスケジュール的には割とカツカツだったのですが、バイト終わりに新宿歌舞伎町へ向かいました。

 

マイホームカミングは、以前、いけさん自身が、書いたホンのなかで一番好きだと言っていたと記憶しています。今回観劇したのは、そのマイホームカミングのリメイク版、マイホームヒストリーでした。

 

マイホームヒストリーはその名の通り、おじいちゃんの記憶を辿るように、ある一家ののドタバタな日常を切り取ったお話です。

 

前半は相変わらずの怒涛のボケ・ツッコミ祭りで、いけさんの演出だなあと思いました。笑

もう何言ってるかわかんねえよ!みたいな。さすが。面白ければなんでもありですね。

 

その中でも思わず笑ってしまったのは勘違いネタでした。

「(ハムスター)飼いたいね」VS「(ゴキブリを)飼う!?」

ゴールデンゴキブリって怖すぎるでしょうに。

…あとはお察しください。

 

いけさんの書くホンって、メタな発言だったり、パロディだったり、設定とか言っちゃうし。ボケのところはすごく、まあ言ってしまえばリズム感だけで作ってる、みたいなところもあるんですが、ふとした瞬間にトーンッてリアリティのある台詞がぶちこまれるんです。

そこがとってもよくて。

 

ああ、確かに何者かになりたかったなぁ、とか

大切な人を思うからこそ、送り出す辛さだったりとか

こういう風に、ニコニコしながら、忘れってちゃうんだよなぁ、って。

 

特に、私はいまちょうど、何者かになりたいと思って生きているところなので、余計にそういうシーンに共感してしまった、かなと思います。

私は何かになれるのかな…

 

別に、なんてことない日常のお話なんですが、だからこそ、わかりやすくて、いろんなことを考えることができて、とっても良い時間を過ごすことができました。

 

18日まで公演をしているようなので、興味がありましたら足を運んでみてください!

www.cofrelio.theater

 

さて。

寒くなってきましたね。

私は卒業制作が佳境です。

12/8の朗読の公演のお知らせをきちんとしていなくてすみません。汗

近々まとめます!

風邪をひかないようにあったかいほうじ茶を飲んで寝ようと思います。

 

では!

 

 

建築の日本展

 

夏休みも終わり頃、傘をさしつつ向かったのは森美術館

某声優さんが音声ガイドを担当したらしく、写真と共にツイートしていたのがきっかけです。

 

 

こりゃあたまらんな!と思い、行かねばならない気持ちになったのです。

 

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着いたら、ジャンプ展もやっていて、心を揺さぶられたのですが…まぁそれはさておき、今回は建築の日本展を見に来たのである、からして!誘惑に負けず!私は建築の日本展のチケットを手に入れたのである!テテレテッテレー!

 

土曜日に行ったので、チケット購入口では少し並びました、が、中はスムーズに動けるくらいの人数で、見たいものは見れました。

それに対し、ジャンプ展はチケット購入口では並んでいなかったので、もしかして空いてるのか???と、思ったのですが。なんて思わせぶりな奴なんだ!入ってから待たされている列を私は見たぞ!どうやら入場制限があるようですね。

 

そんなこんなでチケットと音声ガイドを手に入場。お目当ての展示はなんとド頭でした。

 

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もうね…たまりません…!この隙のない計算されつくした美しさ!正直何時間でも見て居られそうでしたが、、この展示、写真撮影OKな展示なので人が溜まる溜まる。素晴らしいものに惹かれるのは良きことですが邪魔になってはいけませんので早々に退くことに。

ちなみにこの展示、写真だと小さいものなのかな?と思っていたのですが、とんだ勘違いで、実物はこのように

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壁一面を作り上げているものでした。私の写真も撮影技術が乏しいので伝わりにくいかもしれませんが、天井は結構な高さがあり、迫力満点です。

 

これは、展示全体のまさに導入の部分で、展示の流れとしては、

日本の建築の歴史

→現在の日本建築

→世界の建築に影響を与えた日本の建築

→建築と人々の共生

→自然と建築

という流れだったように思います。

 

そういえば、建築の日本展って、なんで「建築の日本」なんだろうな?と。普通だったら「日本の建築」だと思ってたんです。

でも並べてみると「日本の建築が世界にも認められた」ことにより「建築の日本」という表現を使っているのかな、という気がしてきました。そう考えると「建築の日本」という言葉に妙に誇らしい気持ちが生まれます。

 

真面目な話をしてしまいました。

 

兎にも角にも、この展示は私にとって良い展示であったことは間違いないでしょう。

この展示の中で最も私の印象に残った言葉があって。

機能性が高いものでなければ、美しい訳がない。

めちゃめちゃ刺さりました。

記憶が薄れてきたので正しいかどうかは怪しいですし、誰の言葉かも覚えていませんが、意味はそのままです。これは、私にとって今後、とても大切な言葉になるに違いない。

と、思います。なんとなくですけど。

この言葉に出会えて良かったと思います。もしかしたら、そのために私は向かわされたのかもしれないですね。何かに。

 

占いで、牡牛座はこの下半期に色んなものに出会う、らしいので、積極的に色んなものに触れていきたいなぁ。

 

 

建築の日本展、9/17迄です。是非!

六本木ヒルズ・森美術館15周年記念展 建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの | 森美術館 - MORI ART MUSEUM

 

From the Noting, With Love

伊藤計劃記録って本を借りたんですけどね、それの中の”From the Noting,With Love”っていう小説が本当にツボだったんですよ。
タイトルを直訳すると”虚無より愛をこめて”なんですけど、かっこいいけどどういう意味?みたいになるじゃないですか。それがねぇ、読むとねぇ、深いんですよ。

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「例えるなら私は書物だ。」

書き出しからまず最高すぎるんだよなあ
「例えるなら私は書物だ。」ってかっこよすぎないか。
この一文を見たときに、私は書物だっていうのはある意味作者が自分も思ってることなのかな、とか思ったりして。

お話自体は「脳内に記録媒体としてのストレージをもつ”私”が、その”私”についての研究者の死を捜査するうちに、とあるものに気がつく」話なんですけど。
むずかしそうな話だねって、難しい話ですよ?でもねぇ、この難しさがいいんですよ。

“私”という意識・記録を、違う見た目の人間になっても持ち続ける”私”。
体を明け渡したほうの”私”の記憶は上書きされ消える。

この設定を考えたときに、まず「私ってなんだろう」って、つい考えさせられてしまいませんか

私って「何」なんでしょう。
私を私として定義するものって、なんなんでしょうね。
見た目?性格?
この話の”私”を、見た目で判別した彼の知人は、いつ彼が彼でなくなったのか、いつまで彼だったのかに、いつ、どうやって気づくんでしょうね?
まぁ、そんなことがあったら、この彼はきっとうまいこと誤魔化すんでしょうけど。

でも、そう思うと、やっぱり、私を私たらしめているものってなんなんだろうな、って、答えなんかないのに考えてしまうんですよ。

「この男には意識などないのかもしれないな」

んで、このお話のもう一つの考えどころは、本文から引用すると
「まるで意識なく作業しているかのように、分析官の指先が淀みなく動き続ける。もしかしたら、この男には意識などないのかもしれないな、とぼんやり想像した。」という部分、だと思うんです。
意識と無意識。意識がある、意識がない。
実はこの小説のタイトルのthe Notihgは、本文中のとある人物に対しての対義語なのですが…これは是非読んで知っていただきたい。この感動はねぇ、その前に、色んな設定・伏線を、伊藤計劃さんの、あの表情の少ない淡々とした文章でしか感じられないものだと思うんです。読んで。

きっかけ

もともとノイタミナ主催で伊藤計劃3部作をアニメ映画化したときに、伊藤計劃さんを知ったんですけど。まぁだから、最初は屍者の帝国を映画で見て。あ〜この作者やべ〜〜〜なって思って、もっと深く知りたくなって、3部作を一通り読んで、んで、やっぱりこいつやべ〜〜〜〜やつだって思って。それで、そこから好きなんですよ。
正直、歴史的知識がからっきしなので、時代背景にどのくらいあってるSFなのかとかは、あんまりよくわかってないんですけど、それでも楽しめるので、内容は難しいのは難しいけど、むずかしかったり、哲学的な思考の穴に埋まりやすい人には本当にオススメです。
伊藤計劃記録には小説・散文(コラム)・インタビュー・映画評が収録されているので、伊藤計劃さんのヤバさを淡々と延々と感じることができますので是非。

伊藤計劃3部作(映画)公式サイト

project-itoh.com

正義の悪人

 

スーサイドスクワッドを吹き替えで観ましたので感想をば。

 

ハーレイクインとジョーカー

スーサイドスクワッドと言えばハーレイ、というくらいには印象的な彼女。
ジョーカーとの愛は歪んでいるものの美しいなぁと。普通の人だったら、こう、愛してる人だけが世界の全て、みたいな感情ってあんまりないと思うんですよね。生活もあるし、お金も必要だし。なんかこの2人にはもうそういうのが一切感じられないっていうか。本当にもう世界に2人だけ!って感じですよね。
まぁそういうカップルになりたいとは全く思わないですけど。でもそういう気持ちを持てる人は素敵だと思いますし、尊敬します。

 

迫力のバトルシーン

これってどこまでCGでどこまで作ったんだろうな〜と、しみじみ思ってしまいました。CGなんだとしたら役者さんが凄いし、そうじゃないんだとしたら、残されてた残骸とかの形とか、う〜ん、すごい。

 

ウォーラーの無慈悲さ

今作で恐らく最も位の高い人物、ウォーラーですが、彼女の思い切りと無慈悲さには驚かされました…。具体的には、部下であるはずの人間たちを「機密事項が漏れたら困るから(助けるには人手が足りない)」ので迷いなく射殺してるシーンとか。いやいやいや普通だったら「みんなで逃げましょう!」でしょう!

実はこの作品の中で最も悪どいのは彼女かもしれないなと思います。

エンチャントレスは殆ど会話には加わって来ないですからね、、、彼女の目的は自分の心臓を取り戻して自分が生きていく為に人間を破滅させるというものなので、ある意味生存本能に近いのかな、と。

 

デッドショットと娘

いや〜〜〜…いや〜〜〜〜!悲しきかな美しき親子愛… 娘は頭がいいな。すごく頭がいい。父親を好きであることと、でも父親が全てにおいて正しい訳ではないということを理解している、ってすごい。誰だって好きなものには味方したいし、それが正しいと思いたい。でも間違っていることを間違っているよ、って言えることも、間違いなく愛なんだよなぁ、、、

 

悪人の普通への執着・憧れ

悪人たちでも、普通になりたいと思うことがある、と、いうこと。
普通になるってどんなに難しいことかと、私は日々感じております。はい。
このブログを読んでいる方の中で、我こそは自分が普通だと自信を持って言える方をね、私は尊敬いたしますよ。
そもそも、普通ってなんなんですかね…。それがわからないと多分、普通にはなれないんですけど。私の一生の研究テーマになりそうです。「普通とは何か」
この映画で描かれている悪人たちも、必ずしも自分が悪いことをしていると思ってはいなかったというか、まぁ、思ってるとは思うんですけど、その悪いことに自信を持って正義を語れそう、というか。だからカッコイイんだと思うんですよね。キャラクターみんなが。芯があって一途な人はとてもカッコイイです。

 

まとめ

実は今回見たのは2度目だったんですが、初めて見たときは「やっぱヒーローものってこういう感じだよね」みたいなふわっとした感じで見ていました。でも今回見直して、悪役として描かれている人たちが主人公をやることによって生まれる葛藤だったりなんだりを拾えて、実は意外と深い話題にもなる映画だなと思いました。以上!


それではまた!

 

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